朝、目は覚めているのに体が動かない。
起き上がろうとすると、強い頭痛と吐き気、立ちくらみが襲う。
「どうして自分だけがこうなるのだろう」
そう感じながら布団の中で時間が過ぎていく日々が続きました。
これは、現在30代になった私が、中学生の時に起立性調節障害を発症し、不登校になるまでの経緯です。

プロフィール
30代会社員。
中学生のときに起立性調節障害を経験。高卒認定を経て大学進学。京都大学大学院修了。
自身の体験から、不登校の子どもを対象としたフリースクールなど、教育分野でのボランティア活動にも関わる。
起立性調節障害の子どもを持つ保護者への講演経験あり。
発症前の状態
私は中学受験をして中高一貫校に通っていました。勉強も部活動もそれなりに取り組み、特別な問題があるわけではありませんでした。
生活リズムも一般的で、夜更かしが続いていたわけでもありません。大きな持病があったわけでもありませんでした。
最初の異変
最初の異変は、朝の強い不調でした。
起床時間になるとだるさがつらく、布団から起き上がれないことが増えていきました。なんとか登校しても、午前中はほとんど集中できません。一方で、夕方になると比較的元気になるという不思議な状態でした。
親や先生にも「寝不足ではないか」「気持ちの問題ではないか」と言われ、自分でもそう思おうとしていました。
学校への影響

やがて遅刻が増え、欠席が週に1回、2回と増えていきました。午前中に登校できず、午後から行く日もありました。
担任の先生からは、努力不足のように受け取れる言葉をかけられることもありました。悪意があったわけではないと思いますが、当時の私は「理解してもらえない」という感覚を強く抱きました。
その一方で部活や行事には参加出来ていたので、「ずるい」とクラスメイトから陰で言われていたことを知ります。
友人関係も徐々に距離ができ、学校に行くこと自体が心理的な負担になっていきました。
医療機関の受診
小児内科を受診し、血液検査などを行いましたが、明らかな異常は見つかりませんでした。その後、通院を続けて経過観察をしていき、最終的に起立性調節障害と診断されました。
診断がつくまでには時間がかかりましたが、病名が分かったことで「怠けではない」と確認できたことは大きな支えになりました。
不登校を決断するまで
しかし、症状はすぐには改善しませんでした。朝はほとんど起きられず、無理に登校しても保健室で横になる日が続きました。
家族と何度も話し合い、学校とも面談を重ねた結果、いったん通学を中断する選択をしました。
不登校になることには強い罪悪感がありました。特に通っていた学校が進学校だったので、「このまま勉強が遅れてしまうのではないか」という焦りもありました。
不登校初期の生活
通学をやめた直後は、生活リズムが大きく崩れました。昼夜逆転に近い状態になり、将来への不安が常に頭から離れませんでした。
それでも、夕方以降の比較的動ける時間に少しずつ勉強を続けました。完全に止まってしまわないよう、できる範囲で前に進もうと考えていました。
振り返って思うこと
今振り返ると、無理を続けていた期間が長かったと感じます。また、当時は起立性調節障害の情報が少なく、学校側の理解も十分とは言えませんでした。
「朝起きられないのは体の問題である」ということがもっと広く知られていれば、違った選択肢もあったかもしれません。
ただ、不登校という期間があったからこそ、自分の体と向き合う時間を持つことができました。
親御さん・保護者の方ができること
当時の経験を振り返って、起立性調節障害の疑いがあるお子さんをもつ親御さん・保護者の方に伝えたいことは、以下の通りです。
まずは、起きられなくて辛いという状況に共感し、味方になってあげる
おかしいなと思ったら、病院に連れて行ってあげる
これだけで、本人の心理的安全性が守られ、精神的なストレスは減ります。
起立性調節障害は、除外診断(内臓・血液など他の器質的な病気の可能性を消す)をしてから確定診断されることが多いです。その過程に時間がかかってしまうこともあるため、まずは早めに本人と話をして、病院に連れていってあげてください。

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